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白川郷に水車小屋の模型を展示した
水車小屋の模型

8月のお盆に奥さんの実家に行くついでに白川郷に寄り、白川郷民家園内の水車小屋の模型をお土産店に展示させて欲しいとお願いし、了解を得た。
帰ってから製作を始め、先日の10月3日に搬入をして当日から展示をさせて貰っている。
現物の1/15スケールの水車小屋の模型と合掌の囲炉裏のレリーフ。
場所は民家園の前にある 店舗で「和七」と言うお土産品のお店。
人の目を楽しませる事が出来たらよいと思う。

水車小屋の模型

囲炉裏のある部屋のレリーフ


| N.Iwasaki | 14:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
水車小屋の模型製作承ります
ご希望のイメージを形にします

想い出の水車小屋を模型として再現しませんか?
大きさや小屋の外観など、ご希望に沿った模型を製作します。

 ●水車小屋模型の製作例

水車小屋の模型だけではなく、あなたの思い出の中の懐かしい風景を模型として再現します。
ご興味をお持ちの方は「お問い合わせフォーム」からお問い合わせ下さい。
*メールフォームではe-mailアドレスの入力が”任意”になっておりますが、必ずご入力ください。

水車小屋の模型
| N.Iwasaki | 20:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
妻の還暦


今日9月8日は奥さんの誕生日であり還暦を迎えた記念日でもある。
兼ねてより還暦には「60本のバラ」と言っていたのでこっそり用意しサプライズを狙った。
座間市内にバラの生産農家があり紹介してもらって格安で譲って頂いた。
イイダのケーキもプラスワンで用意して、彼女が昼から勤めに出た後で花とケーキを家に置いて再度仕事場に出かけた。
予想通り喜びのメールが届いた。
メデタシ・メデタシ。
| N.Iwasaki | 22:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
囲炉裏とおでこ
 日常の生活では全く頭に浮かんで来ない想い出がこの「ひじろ」や「囲炉裏」に関する文章を書くことで、遠い昔うちの奥さんと始めて出会った夜の囲炉裏端の光景を鮮明に思い出した。

39年前の富山県五箇山の山の中では4月30日に除雪が終わり、30キロ離れた一番近い井波町からようやく道路が開通したとかで雪の壁と路面を流れる雪解けの水を幾つも超えて一時間半ほどかけて車でたどりついた。
前日までは前年の12月から陸の孤島の生活をしていた訳だ。
現在では道路の決壊などで2・3日交通が遮断されるとニュースになるが、当時の人達は5ヶ月も孤立の生活をしていた訳だから、今でも雪崩で2・3日交通が途絶えても年寄り達は町の人達の様に深刻に考えない様だ。

当時の4月30日は寒かった。
富山の家は今も同じ風景で座敷に大きな囲炉裏があり、その上には木で格子状に組み込んだ四角な「ひやま」を吊るしてあり濡れた物などをその上において乾かした様だ。
直径10センチ位の丸太を燃して12畳ある座敷全体がすごく暖かかったことを覚えている。

夕ご飯の後だったと思うが、何故か奥さんが上座に座り私はその左側の辺に座って右手方向の彼女のおでこが焚き火の熱でピンク色に紅潮しているのを見ていた。その健康的な顔がとても綺麗で何故か今だに脳裏に焼きついている。
初対面で結婚など思いもよらない時期なのに不思議だと思う。
今考えると21歳の女の子だからピチピチで何も飾らなくても綺麗だったのかも知れない。

若いって素晴らしい事だ。
混沌とした希望やエネルギーが有り、実現しなくても夢を持って生きて欲しい。
| N.Iwasaki | 13:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
のれん
のれん

私の作業場は西向きの6畳1間分の広さで、南向きに作業台を設置して数点の作品を棚を作って保管してある。
午後2時ころから西日が入り口からじわじわと攻めて来てこの時期になると実に暑い。
水も涼風もその日の天候まかせ。
入り口の引き戸を2枚外してフルオープンで使っている。

昨年あまりにも西日が暑いので不 要になった布団カバーで入り口一杯の暖簾を作った。
最初のイメージとしては時代劇の越前屋とか越後屋の紺地の大きなものだったが、部屋の中が暗くなるので限りなく白に近い青で、デザインは茄子とかぼちゃのろうけつ染め。
見る人が見たら「あっ、布団カバーだ」と言われる代物。
しかし効果はあり自己満足。

一昨日、隣から貰った大型のラジカセを壁に埋め込み、「剱岳点の記」の映画で流れたビバルディの「四季」のCDを聞きながら汗を流しながら作品を作っている。ホームレスより一寸勝った気分。

17日の金曜日の午後に、この地域のタウン誌「朝日シティニュース」の記者が私の作業場に来るそうだ。
記事になるかね。

のれん

| N.Iwasaki | 23:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
灰の効用
昔、ひじろ(囲炉裏)の灰はいろんな事に利用したものだ。
小鳥を捕獲する時に使う「とりもち」はもちの木の皮を剥いで・煮て・搗いて・灰を加えてチューインガム状にして、まっすぐな小枝の表面をぬらして「もち」を小枝に薄く巻きつけて表面を覆ってしまい、めじろやうぐいすがとまったら足にもちがついて逃げられないようにするものだ。
今時のゴキブリホイホイと同じ原理。

こんにゃくの製造にも使った。
現在は食用石灰を入れて固めるようだが、昔はこんにゃく芋を煮て・搗いて灰をこした汁を凝固剤として入れたものだ。
入れ加減が難しかったと記憶している。

また、台所のクレンザー代わりににも使った。
当時は現在のように油物が多くなかったので間に有ったのかも知れない。

さらには、刃物を研いだ後で囲炉裏の熱い灰の中に入れて水分を取ったりした。
聞いた話では、弓矢の「矢竹」をまっすぐに伸ばす時にすり鉢の底に火の付いた木炭を入れ、その上に灰を山盛りにして灰が熱くなった所で矢竹を差込み竹を加熱して「ため木」で竹を真っ直ぐに伸ばしたよ うだ。均一に加熱される利点があるという。
現役時代、同じような事でアクリル板の20ミリくらいの物を曲げる時に熱した油の中に入れて加熱したことがあった。
表面全体から加熱されるので過熱ムラが無くてよかった事を思い出す。

「和」の世界には同様な事が多々ある。
先人達が失敗しながら完成させた成果だと思う。
時が経つと消 えてしまうが「パイオニア」になることはすごい事だと思う。
| N.Iwasaki | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
想い出の味
ひじろ(囲炉裏)での忘れ得ぬ想い出の味がある。
多分、私が小学3年ですぐ上の姉が6年だったと思う。
私の実家は山間の沢ずたいに6軒ある集落の一番奥の 家で屋号は「奥のうち」だった。

すぐ下の隣の家まで300Mほどあるが、その家で結婚式があった。
当時は式場など無い時代で、各家々で隣近所が応援しあって冠婚葬祭を行っていた。
我が家も母親が応援に行き、夕飯用に里芋汁を作るつもりで囲炉裏の自在鉤になべをかけて置いたが留守番は子供二人。何処かに遊びに行ってしまい帰って来たら煮詰まって里芋の煮しめのようになっており、それを食べたら旨い事。
餅のような食感で本当に旨かった。多分今食べたらそれ程でもないかもし れないけど・・・。

今月の19日、たまたま田舎に用事があって行こうとした折、当時結婚式を挙げた当事者の主人が亡くなり葬儀と重なり参列して来た。
実家は 絶家して今後あまりお付き合いも無いかと思ったが、懐かしさも半分あり見送って来た。
隣の庭に椅子を並べ暑い日差しの中、昔、風呂場は便所は牛小屋は茶畑はどこ、と当時を思い出しながら周りの景色を眺めて来た。
すぐ上の姉も同席していたのだが「そんな事あったっけ」だって。

長い時のあいだに人は忘れ、景色も変わる。
| N.Iwasaki | 18:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
我が家のおめでた
先日の22日に長男のお嫁さんの入籍を済ませ、私達夫婦と4人で豆腐料理の会食をした。
何故かお嫁さんと初めて会った時のことを、親しみと言うかもともと一緒に暮らしていたような違和感の無い出会いだったと思った。
本人同士の(赤い糸)は勿論、親にも有るのかなと思ったくらい。
兎に角可愛い娘さんですごく嬉しい・・・・・、親がそんなに喜んでどうすると言われるかも。
そんなに遠い思い出とは感じないが、ふと、自分が結婚した30数年前の(赤い糸)を思い出した。

当時私は横浜市の瀬谷区に住んでおり、奥さんは富山県の高岡の個人病院に住み込みで働いていた看護婦さん。
私が会社の同僚だった彼女の1つ年上のおじさんに当たる人の田舎、越中 五箇山に岩魚釣りに行った縁で、翌年の大阪万博(1970年)に親友と彼女と私達4人で行こうと、9月5日の朝、富山から奥さんが乗ってくるであろう夜行列車を上野で待った。
何本もの列車が着くのに彼女の姿は無い。
心配して高岡の病院に電話したら確かに向かっていて帰ってはいないと言われ、洋服は白黒の水玉のワンピースと聞き必死に水玉模様を探したものだ。

確か朝の7・8時の到着予定が昼まで待っても来ないのでアパートに帰ったが、心配で瀬谷の駅に何回か見に行ったりしているうちにひょっこり彼女がアパート来た。
番地も解らずに上野から横浜の瀬谷区のXX荘だけでタクシーに乗って、親切な運転手さんのお陰でたどり着いたとの事。
人様の大事な娘に何かあったら大変とえらく心配したが、本人の話では高岡の駅の待合室のベンチで知らないおばさんと話が弾み列車が行ってしまったとの事。
奥さん21歳、初秋の珍事。

静岡から親友の車で大阪に行き、無事帰って来て今日がある。「えにし」「赤い糸」とは不思議なもので何か前世より繋がっているのかも知れない。

奥さんは今も当時と変わらず天然ボケの達人だ。
| N.Iwasaki | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
映画「劔岳 点の記」を見た
久し振りに夫婦で映画を見に行って来た。
一ヶ月ほど前から見たいと思っていた「劔岳 点の記」だ。

2年程の時間をかけて、CGを使わずに全て現場ロケという富山・立山連峰での物語り。
3000mの山には登りたくないが、山好きの自分にとってはとても素晴らしい画面の連続で2時間半があっと言う間に過ぎた感じだった。
「今日も又寝る様かね」と言っていた富山県出身の奥さんも、故郷の言葉がふんだんに出るせいか見入っていた。

ゼロから物を作り出す物作り人間の思いとして、完成品のイメージをどれだけレベルを上げ明確に持てるかが結果に現れるといつも考えている。
近年コマーシャルをよくする映画ほどつまらない作品になっているきらいがあるが、今日の映画は元カメラマンの監督だけに映像にはかなり拘った様だし、キャストもしっかりして素晴らしかった。
年がばれるが1000円では安い。

不景気で生活のレベルが低下した話が多い昨今、せめて文化レベルを少しでも向上させ、心だけでも豊かに持ちたいものだ。
| N.Iwasaki | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
物作り中毒
先日、竹の6角の箸を作りながらふと思いついた。
自分は多分手先を使って物を作ることに喜びを感じる物作り中毒ではないかなと。

思えば子供の頃から山奥で暮らし、遊ぶ道具はお下がりか自分で作っていた。
実家の蔵の中に数代前の当主が大工とかで専用の道具箱があり中の一部の道具を使った事があるがもっぱら肥後守(ひごのかみ)と言う折りたたみの両刃のナイフか”なた”で遊び道具を作っていた。
今でも左手の人指し指の付け根に当時の傷跡が幾つか残っている。

チャンバラの刀・こま・自動車・弓矢・釣竿・鳥かごなどを竹や木を使って作り、材料の特性はその頃からおおよそ知っていた。
竹をあぶってまっすぐに伸ばす方法、切り方、割り方など結構今に生きている。
「木元、竹うら」といって、割るばあいには木は元から、竹は先の方から割ると割り易いなんて大人の会話から学んだものだ。
大人になってからは洋家具職人のおじさんに「木ごころ」なんて言う言葉を教わった。
各種の木材の特性のことだが死語になりつつあるかなぁ。

かなり前になるが亡くなった西岡常一と言う法隆寺の棟梁の本で、法隆寺を支えた木の中でも木の癖を見て使い場所を決めるとか、立ち木の状態と同じ南北の方向で使うのが理想とか、先人の知恵とか経験はすごいと思った。
思えば田舎でお盆の迎え火のたいまつの芯は油分の多い松の根っ子を割ったものだったり、裏の湧き水を流しに運ぶ竹の樋を支える足は栗の木と決まっていた。線路の枕木が昔は栗の木を使ったように腐りにくい。

加工材であれば板になれば大体判別できるが、立ち木ではなかなか。
プラスチックの板を加工する会社に長い間勤務したが、樹脂は実用、木材は実用プラス温かさや手を加える事による変化・色・艶を楽しむ事ができる。
これからも木や竹を使った人に喜ばれる物作り中毒で有りたいと思う。
| N.Iwasaki | 21:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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